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映画シンデレラで冠詞のおべんきょう

 映画シンデレラで冠詞のおべんきょう

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このハイヒールはスワロフスキーですね。これでおどったらくつずれしそう。

 

 

2015年の映画Cinderellaを見ていたら冠詞の意味の理解にピッタリな会話があったのでメモしました。

 

Cinderellaと王子は舞踏会ですばらしいダンスを披露したあと,ダンスがおこなわれている大広間をぬけだし,ふたりきりになって次のような会話をかわします。

 

Cinderella: So you’re the prince?


Prince: Well, not the prince exactly. There are a bunch of princes in the world.  I’m only a prince.

 

うーん,自然な日本語に訳すのはとてもむずかしいですね。

 

 

ぼくはよく作文の講義で「a + ~ はone of the + ~s の意味ですよ」って言っているんですが,この王子さまのせりふはまさしくそのことを教えてくれています。

 

 I’m only a prince. 

=  I’m only one of the princes in the world.

 

これに対し,the+~は「いま意識されている範囲のなかで ~ がただひとつしかないことを意味します

 

the + ~ の ~ が複数の名詞のときはその集合しかないことを意味します。だからthe princes in  the worldは世界の王子をひとりのこらずすべてふくむ集合を意味します。

 

つまりtheは「それしかない,それですべてだ」という意味,「包括」のはたらきをもっているのです。

 

 

でもCinderellaが "the prince" とtheを使ったのは,かれを世界にただひとりの王子だと思っていたからではないでしょう。かのじょは「いまふたりがいる王国のただひとりの王子」という意味でこのtheを使ったのではないでしょうか。かのじょはこのtheを使ったとき,この王国の範囲しか意識していなかったでしょう。全世界のことなど意識していないでしょう。

 

王子だってそんなことはわかっているはず。ところが王子はここでわざと「意識の範囲」を世界に拡大して「自分は世界にひとりだけの王子じゃない」と言ったのでしょう。

 

 

なんで王子はそんなことをしたのでしょうか?

 

 

もう気づいた人がいると思いますが,これってある種の謙遜だと思います。

 

 

つまり上の会話を「文法的」に訳すと

 

Cinderella「あなたは(この国の)ただひとりの王子さまだったのですね」

 Prince「うーん,わたしは厳密には『ただひとりの』王子ではない。世界にはたくさんの王子がいる。わたしは(世界のすべての王子の中の)ひとりの王子にすぎない」

 

 

 同時に,この王子のせりふは,自分を客観的に見ることができる知性をもかのじょにアピールしているのかもしれません。自分の国しか考えていないのではなくて,自分をよりひろい世界のなかでとらえていることをしめすわけですから

 

定冠詞とその「包括性」および「意識の範囲」の問題は,ぼくの本「見える英文法」でくわしくお話ししています。

これはフランス語文法における定冠詞のとらえかたにちょっとインスパイアされて書いたものです。

 

読んでみてください。

 

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曽我佑典先生の「フランス語のしくみ」,すごくおもしろかったのに絶版みたいで残念です・・・